オーストラリアでのツリークライミング事情(最終回)
ISAAC Australian Tree Climbing Championships
ISAAC講演、講義、巨木ツアー
オーストラリアでの大会はこれまで紹介してきたツリークライミング・チャンピオンシップやワークショップなどの他に、遺伝資源や樹勢回復、景観デザイン、花粉アレルギーなど様々な分野にわたる研究発表・講演会が開催されました。
また、大会最終日にはタスマニア森林管理局のセイタカユーカリ原生林と、原生林の保残木施業地などを見学しました。
この大会には、オーストラリアはもちろんアメリカやイギリス、ドイツ、南アフリカ、ニュージーランドから約300人が参加しており、興味深い発表などもあったので、その概略を最終レポートさせていただきます。
1.研究発表・講演会
大会の期間、三日間にわたり、樹木の景観形成や根系成長、保護管理技術、法律などの研究発表や講演がおこなわれました。研究発表ではアメリカのワシントン州立大学のキャサリン・ウルフ(Kathleen Wolf)博士による「都市林の景観問題」、グリン・パーシバル(Glynn Percival)博士による「都市林の根系生長における炭素源(砂糖水など)の影響」などを拝聴しました。
発表の項目は1)商業地の沿道景観・都市の森林に対する消費者の反応、2)自然復旧された生態系における樹木の状況、3)鉄道におよぼす軌道沿いの植物、4)樹木は資産か責任か、5)アーボリカルチャーに関する法律序論、6)都市の樹木の根系発生に及ぼす炭水化物の影響、7)乾燥地形おける樹木の侵入と地下水に関する生態学的解析、8)臨床面から見た樹木の花粉アレルギー、9)新しく方向づけされたアーボリカルチャーの標準化、10)都市の森林における環境と生息域の価値、11)都市域における効率的な散水効果と影響、12)タスマニアにおける森林の健康監視の現状、13)「蛍光指紋押捺法」を利用した樹木衰退判定について、14)樹木の危険要因について、15)道路沿いの都市森林について、16)樹木の公共価値と輸送デザイン。
2.発表内容について
発表の内容は多岐にわたっていたが、私が個人的に興味を持った発表についてのみ報告します。
(1) キャシー・ウルフ(Kathy wolf)博士の「商業地の沿道景観、都市の森林に対する消費者の反応」についての要約
ワシントン州立大学のキャシー・ウルフ博士は、買い物などの訪れる消費者が、商業中心地に森林や街路樹ににどのような意識、意味を感じるのかを、アメリカ合衆国の都市の規模別に調査した。
その結果、都市の規模にかかわらず、樹木には明確な視覚効果があり、消費者の消費活動にかなりの影響を及ぼしていることが判った。アンケート調査に協力人たちは、おしなべて商業地域に樹木があること望む傾向が高かった。こうした樹木志向は、緑化に積極的な地区ほど顕著で、樹木の存在が製品の価格設定や商業地の反映に影響するほど、経済学的な波及効果を提供することが判った。
(2) グリン・パーシバル(Glynn percival)博士の 「都市の樹木の根系発生に及ぼす炭水化物の影響」についての要約
都市環境下では、ビル建設や施設整備のために開発する過程で、もともと生育していた樹木の根系を破損・破壊的な影響を与えることが多い。設備工事などで新たに側溝などを設置すると、もともと生育して樹木の根を破損するばかりか、水分環境が大きく変化するなど、都市部の樹木は常に危険にさらされている。
樹木は根系が断続的に損傷したり、干ばつなどの水分環境の悪化によって根が減少すると、葉の蒸散作用を減少させたり、葉色がうすくなる。
こうした根系を活性化させる目的で、移植された樹木に、ショ糖や果糖、ブドウ糖などの炭水化物の水溶液(20~75g/L)を散布し、5年間継続調査した結果、根系成長が著しく促進された。
炭水化物投与の効果は6~8週間後には見られ、根系成長が促進されて植物乾燥重量に占める根量が増加していた。根量の増加によって、樹木の枯損率が減少するばかりか、糖類の散布によって葉色も濃緑に変化した。調査に使用した糖類は、ある特定の樹種に限らず、全ての樹種で根系成長に有効であった。糖類は購入しやすく、安全ではあるが、今後は糖類の根系発生メカニズムの解明が必要と考えると発表された。
3.セイタカユーカリの原生林ツアーと森林管理局による原生林の天然更新現場見学
ローンセストンの南東部に位置するフィンガル渓谷の森林保護区で、セイタカユーカリ(Eucalyptus regnans F. Muell)の原生林を見学しました。ここは数十年前までユーカリが単木伐採された形跡がありますが、現在は禁伐区となっています。
高さ60~70mのセイタカユーカリやヘゴの仲間などが天然更新した降雨林(Rain Forest)です。アーボリストはこうした原生林で種子採取、接ぎ穂採取、成長量調査の依頼を受けることもあると説明を受けました。
次に、マスィーナ(Mathinna)近郊で、森林管理局による原生林の天然更新現場を見学しました。ここでは、従来の皆伐ではなくタネを播く母樹を残す保残木施業がなされており、ユーカリ類の天然更新状況は確認できますが、林地には伐根や作業上の廃棄物が散乱し、丁寧な仕事とはほど遠い状況でした。
まるで、数十年前のアメリカ式林業を彷彿とさせる現場で、森林管理局の担当官は「この現場は保残木施業の成功例です。」と語ったのには驚かされた。
タスマニアは世界一樹高が高くなる広葉樹、セイタカユーカリの原生林でも有名です。しかし、樹齢400年、高さ80mを超える個体も含む多くが皆伐され、チップに加工して9割.が日本に輸出されています。
また、皆伐地の多くには牧草が育てられ、そこで肥育した牛が肉となって日本に輸出されるそうで、何とも耳の痛い話ばかりでした。
4.途中での切り株彫刻
保残木施業地からの帰路、道路脇の切り株に見事(?)な彫刻発見。チェンソーでいろんな人物像を彫り込んであるのですが、芸術的センスのない私には、ただただ樹木がかわいそうに思えてなりませんでした。
5.オーストラリアの樹木管理監督官について
9th ISAAC NC&ATCCで出会ったロバート サットン(Robert Sutton )氏は、政府公認のSenior Tree Management Supervisor(上級樹木管理監督官)の資格を持ち、公園や街路樹、個人の樹木管理を監視するのが仕事でした。
この資格はオーストラリアの国家資格(National Qualification)で、Horticulture(園芸学)やArboriculture(農学)の学問を修め、樹木管理に関する研修を受けた者に与えられ、法的拘束力を示すバッジの携行が義務づけされるそうです。
彼は連邦政府を代表してオーストラリアのニューサウスウェールズ州パラマッタ市で10年間仕事をしており、パラマッタ市内の樹木については公私の分けなく保全命令等を執行できる権利があります。
また、枝の切り方が不適切なフラッシュカット(幹まで削る剪定)や、トッピング(断幹)などの施行現場があれば、営業停止や改善勧告、法的手段で裁判にかける権限があり、裁判所から最高110万ドルの罰金刑が科せられるそうです。
2004年にパラマッタ市で発生した罰金最高額は一件25,000ドルで、総額は35,000ドルにも達し、また他にも有罪判決が一件下されたそうです。パラマッタ市では徴収した罰金をすべて公共の植樹活動などに利用しています。他にも、ニューサウスウェールズ州の南西地区議会は2004年10月にユーカリ類の植栽を禁止するなど、協議会が樹木管理の全権を握っているとのお話でした。
対象となる樹木類は、樹高5m以上のもののほか、ヤシ類やソテツ、マングローブは大きさに関係なく保全命令の対象となります。パラマッタ市は約32,000本の街路樹について、航空写真を利用したGIS(地理情報)処理登録を終了しており、公共機関が文化的財産としての樹木を管理する考え方が定着していることに驚かされました。
おわりに
ISAの年次大会は支部別の大会でも、国際大会でも、会議や研究発表、勉強会などとは別に、作業者であるアーボリストのチャンピオンシップが開催され、これが大会のメインとなります。
参加者の多くは友人や婦人、家族とともに全日程参加する傾向が見られ、職業としてのアーボリストに誇りをもって臨んでいる姿勢が感じられます。
今回の参加で感じたことは、ジョンさんとTCJが海外でも知れ渡っており、特にジョンさんのツリー・ハブ(チャレンジャー・クライム)の知名度と関心の高さに驚かされました。また、大会会期中の一週間展示されたブースでもTCJのセコイア・クライミングのポスターが話題に上がったことは言うまでもありません。
年次大会のあり方や実施方法、資格取得者自身による知名度のアップ、ボランティア精神など、樹木医会にも参考になることが多いと感じた次第である。
帰りの飛行機はゆったりムードでリラックス。約10日間の長旅でジョンさんは海外の方々との交流や英語の苦手なジリさんのお世話でお疲れです。ふと、海上に浮かぶ雲を眺めながら、ジョンさんを見ると夢心地の真っ最中でした。
(完結)
Director川尻秀樹 レポート