カシノナガキクイムシについて
近年、日本の広葉樹林でミズナラやコナラなど、ブナ科の樹木を枯損に追い込んでいるカシノナガキクイムシ( Platypus quercivorus MURAYAMA )について紹介します。
残念なことにTCJ本部のある定光寺の森もこのカシノナガキクイムシによって枯らされる樹木が目立ち、何度もテレビ出演してきたコナラたちも枯れてしまいました。
1.カシノナガキクイムシで木が枯れる経緯
カシノナガキクイムシはコウチュウ目ナガキクイムシ科の昆虫で、成虫の体長は4~5mmの円筒状、雌の前胸背板には共生菌を貯蔵する器官(マイカンギア)である円形の小孔があります。
この昆虫は本州、四国、九州、沖縄に分布しており、一夫一妻性で親が子どもの世話をする家族生活を営んでいます。繁殖期を迎えた雄成虫は午前中に繁殖場所から脱出して飛翔し、繁殖場所にふさわしい樹木を見つけて幹に穴(孔)を開けて、集合フェロモンを発散します。
孔を開けた時に発生する木屑と集合フェロモンに誘引された雄が次々に飛来して集合フェロモンを発散するため、多くの雌雄成虫が飛来して幹に多数の孔を掘る集中加害が引き起こされます。集中加害はマスアタックと呼ばれ、樹木の抵抗力(樹液などを出す能力)を回避する方法です。カシノナガキクイムシは同時に多数の成虫がマスアタックするために、気温20℃以上で日差しがある二条件が揃う午前中に飛翔します。
雌が飛翔して来ると雄は孔から出て来て交尾し、その後に雌と一緒に孔の中に戻って、雌が持参したラファエレア菌(アンブロシア菌)を培養するため、木部の水分移動が阻害されて木が枯れるのです。
2.どんな樹木が加害されるのか?
ブナ科のコナラ属(ミズナラ、コナラ、カシワ、クヌギ、ウバメガシ、アカガシ、ウラジロガシ、シラカシなど)、クリ属(クリ)、シイ属(ツブラジイ、スダジイ)、マテバシイ属(マテバシイ)が加害されます。
3.キクイムシの食べ物(ラファエレア菌)
キクイムシは名前の通り、樹木の木材部分や内樹皮を食べる種類が多いのですが、他にはドングリなどの種子を食べる種類や菌類を培養して餌にする種類がいます。 カシノナガキクイムシは菌類を食べる養菌性キクイムシと呼ばれ、樹木の奥深くに孔道(トンネル)を掘って、孔道壁面で栽培して摂食します。 1836年にキクイムシが白い物を食べていることを発見した研究者は、この食べ物をアンブロシア(ギリシャ神話に登場する不老不死をもたらす神の食べ物)に例えたため、養菌性キクイムシが食べる菌類はアンブロシア菌と総称されています。
カシノナガキクイムシが培養する菌はラファエレア菌(Raffaelea またはナラ菌と呼ばれ、雌が運ぶこの菌が繁殖すると辺材部で通水機能が低下して樹木が枯死します。
4.カシノナガキクイムシの生態
昆虫の多くは卵を産む親と、卵から孵った子供とが対面することは殆どありません。セミを見てもトンボを見ても、カブトムシでも子どもが発生する前に親は死んでいます。しかしキクイムシの場合は、人間と同様に一夫一妻制や一夫多妻制などの結婚生活を営み、子育てをするのが特徴です。 それどころか雌が兄弟である雄と交尾したり、交尾していない処女雌が雄(息子)を産んで交尾したりと、近親相姦も見られるのです。
5.対策はあるのか?
1)万能な殺菌剤は無い。ラファエレア菌の殺菌は極めて困難である。
2)ラファエレア菌を運ぶカシノナガキクイムシも樹幹内にいて殺虫は難しい。
・薬剤注入による防除方法
1.生き残っている樹木にドリルで穿孔し、NCSくん蒸剤を2ml注入してカシノナガキクイムシとラファエレア菌を殺す。
2.加害木を伐倒してNCSくん蒸剤処理するかチップ工場等へ搬出破砕処理、残った伐根部分はNCSくん蒸剤処理する。
・その他の防除方法
1.着剤と殺虫剤の混合剤を樹幹に散布して駆除する。
2.シイタケ菌など、きのこ菌とラファエレア菌と拮抗させてカシノナガキクイムシを殺虫する。
3.ベンレートなど殺菌剤を樹幹注入して菌類の繁殖を抑制する。
以上の方法などがとられていますが、現時点で画期的な手法はありません。またキクイムシは衰弱木を早く枯死させたり、腐りにくい材部を分解してくれたり、物質循環を促進するという重要な役割を担っているとも言えます。
循環型社会が提唱される昨今、カシノナガキクイムシだけが悪者のように捉えられるような考え方では、混乱の時代は乗り切れないような気(木)がします。
副代表 川尻秀樹